2007年7月11日水曜日

本谷有希子「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」


本谷有希子の「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」
映画を観てからすぐにその足で原作を購入して読んだ。

細かな違いはあるにせよ、映画は非常に原作に忠実に作られていることがわかった。
原作の世界観を実に見事に、しかも観客に観やすくややコミカルにして映像化した点は賞賛に値する。

そして原作であるが、テンポのよかった映画と違って、とげとげしい文体が最初は読みづらかったものの、その面白さに違いはなくあっという間に読んでしまった。映画よりも各登場人物の背景が詳しく書かれており、特に兄嫁の待子の半生は実に面白い。

大きく違うのはラストだ。
原作のラストは待子のおかげでかろうじてコミカルな雰囲気もあるが、全体的に実に暗く強い憎悪にあふれている。
これをこのまま映画化したら間違いなく観客にとって後味の悪いものとなっただろう。
そういった意味では映画のちょっとほんわかとしたどっちつかずのラストはあれで良かったのかもしれない。映画を観たときはあのラストは「中途半端だ」と強く批判してしまったが、原作を読み終えて思うのは、あのチャットモンチーが流れるラストがそれなりに良かったのではないかという事だ。
いまさらですが吉田監督、文句いってすいませんでした。

というわけで映画を観てから原作を読むのもまた色々な楽しみがある事を実感した次第である。

2007年7月10日火曜日

石田衣良「約束」


先週末に購入した石田衣良の「約束」。
あっという間に読んでしまった。

「かけがえのないものを失くしても、いつか人生に帰るときがくる。」
帯に書かれているこの言葉とおりの内容の7つの物語からなる短編集。

7つの作品はそれぞれ主人公の年齢も設定も違うのだが、共通しているのは日常に大きな事故や喪失を味わい、それが原因で人生に希望を見出せずに、どこか人生をあきらめながら、戦うことから逃げながら暮らしている人々が、何かをきっかけにまた希望を抱いて再生していくという点だ。
「なんで私だけこんな目に」というセリフが頻繁に出てくるが、このセリフ自体人間20年も生きていれば多かれ少なかれ誰もが一度は思うことであり、非常にリアリティがある。

それぞれの物語はダイビングやモトクロス、カメラメンなどやや専門的な世界を舞台にしているが、ディティールの描写が実に丁寧で緻密なので自然に物語に引き込まれてあっという間に読み終えてしまう。

個人的には、冒頭の池田小児童殺人事件をモチーフにした「約束」がもっとも衝撃的であり感動的であった。その次に良かったのは「夕日へ続く道」かな。
この2つはそれぞれ主人公が小学生と中学生の男子だ。
筆者は人生に希望を見出せない子供のデリケートな心理描写が実にうまいと思った。
「夕日~」の主人公のような中学時代の思春期の少し屈折した精神状態は、誰もが共感できる部分じゃないかと思う。

それとは対照的に大人が主人公の物語になると、どうしてもセリフに頼った説明的な展開になってしまう気がした。ラストの「ハートストーン」なんて読者に無理やり「泣け」といわんばかりの内容とセリフのオンパレードで逆に興醒めだった。。
あと非科学的な要素のある「天国のベル」もダメだった。こういうのは正直なんでもありじゃないかと思ってしまう。「いま会いにゆきます」みたいな。「裏技つかってでも泣かせます」という意図が気にいらない。

とはいっても「喪失からの再生」という分かりやすいコンセプトで全ての物語がきれいに貫かれているために非常に読みやすく、読み終わった後の余韻も良い。

というわけで少し人生に疲れている方、「自分が世界で一番不幸なんじゃないか」とか思っている方にはオススメの作品。これを読んで人生が変わることはなくても、少しは気が楽になるのでは。

2007年7月9日月曜日

「今夜はブギー・バック」


小沢健二のアルバム「LIFE」。
今年の2月に中古で手に入れた。
ソウル、ファンクを和製に分かり易くアレンジしたような、ウキウキする曲ばかりで捨て曲なしの名盤だ。

94年リリースの作品でこの頃オザケンは「渋谷系」というジャンルにカテゴライズされていた。
当時高校生だった私は、渋谷系といったらピチカートファイブとオリジナルラブにはハマッたのだがオザケンの良さは全く分からなかった。あの声がダメだったのが大きな要因だと思う。

でもってあれから10年以上たったいまになって「LIFE」の素晴らしさを堪能している。

最近「LIFE」にも収録されている「今夜はブギー・バック」をギターでよく弾いている。
コード進行はC→D→Emの3コードのループが基本なのでとっても簡単だ。

この曲が和製ラップを世に広めた役割は大きいと思う。
日本語ラップの合間にメロディアスな歌によるサビを挟み込むという、現在の邦楽ラップの王道パターンをドラゴンアッシュがヒットする4年も前に既にやっていたわけだ。
スチャダラパーのリリック自体は韻を踏んでいるわけでもないし、ダラダラでユルユルなんだが今にして思えば当時こういう曲がTVで流れただけでも凄いなと思う。

しかしアニのパートはあまりにキレがなさすぎて、逆に覚えにくいし歌いにくい事この上ない。
というわけで今夜も練習だ。

2007年7月8日日曜日

「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」鑑賞。


吉田大八監督
2007年 日本映画

今日は渋谷に買い物でもしようとブラっと行ってきた。

15時前に渋谷のパルコの地下の本屋リブロで、気になっていた映画「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」の原作者が、ずっと気になっていた作家本谷有希子だったということを知り、驚くと同時に妙に納得。
さらにパルコのすぐ裏にあるシネマライズで「腑抜けども~」が昨日から公開されているということなので、突発的に15時からの回を観てきた。

感想は、おもしろかったけどラストが甘いなと思った。

女優志望で東京に上京していた澄伽は、両親の事故死によって田舎の実家に帰郷する。
澄伽の秘密を漫画にして暴露したという過去を持ち、それ以来姉に激しくいびり続けられている妹と、血がつながっていないゆえに澄伽と他人にはいえない秘密を持ってしまい、その過去により人生が深い絶望につつまれている兄、何も知らない兄の嫁、彼ら3人が住む実家の日常は、澄伽の帰郷により戦慄の走る毎日へと変わってしまう。

この作品は、終始田舎を舞台に展開する一家族の壮絶な、そしてちょっとコミカルなドロ沼劇である。
登場人物たちの心にどんよりとのしかかる絶望感と、それを増幅させるようかのような山に囲まれた田舎の閉塞感の漂う風景が良い。

役者達の演技が素晴らしい。
特に永瀬正敏は、この作品中で群を抜いた演技力で、もう背中だけで演技しているといっても良い。絶望から抜け出せず身動きがとれない兄役を見事に演じており素晴らしいとしかいいようがないが、どちらかというとこの作品にはもう少し軽い演技でも良かったのではないかとも思う。残りの家族3人に比べてあまりに演技が重すぎるように感じた。

主演の佐藤江梨子も持っている力全てを使ってよくやっていたように思う。
妹を演じた佐津川愛美も言葉少なげに漫画に没頭するアングラな役によくハマっていた。
唯一の明るい天然キャラである兄嫁をコミカルに演じた永作博美も見事。

監督はCM界のベテランで、長編映画はこれがデビュー作とのことであるが、これ見よがし的な派手な映像は終盤のクライマックス以外はほとんどなく、落ち着いた映像で役者の演技をじっくりと映していて好感が持てる。

がしかしラストがどうも尻切れトンボな気がして、「え、これで終わりですか・・?」と思わずにはいられなかった。それまで張り詰めていた緊張感と絶望感、特に妹と姉の関係がどうにもこうにも無責任に放棄された感じがして「結局あの2人はどうなるんだよ?」といいたくなってしまう。あのラストシーンは「中途半端」としかいいようがない。
この辺は脚本も手がけた吉田監督の腕の甘さといえる。

どうやら原作と映画ではラストが違うらしい。映画館を出てから早速原作も購入したので、その違いをこの目で確認したいと思う。

とはいえ家族4人を演じた役者の演技だけでも見ごたえ十分の作品だ。
とくに永瀬正敏ファンの方は一見の価値ありだと思う。
(生涯591本目の作品)

2007年7月3日火曜日

cro-magnon 「GREAT TRIANGLE」


今日は会社帰りにわざわざ川崎まで行ってタワレコでcro-magnon(クロマニヨン)の新作と旧作を買ってきた。「クロマニヨンズ」じゃないよ。

なぜそこまでしてタワレコで買ったかというと先着でイベント無料招待券が付くからだ。ということで7月22日に新宿タワレコの屋上でやるイベントの招待券をゲット。当日はもちろんcro-magnonのライブもある。

cro-magnonについては正直ぜんぜん詳しくはない。CDも1枚も持ってなかったので今日新作と昨年リリーズのファーストアルバムの両方を購入した次第。
今年4月に、とあるイベントで彼らのライブを観たのだが、鍵盤、ギターORベース、ドラムというミニマムな3人編成のインストバンド(歌なし)にも関わらずタイトでぶっといグルーブをこれでもかと生み出して、男気あふれる強力なダンスミュージックを奏でていた。その音の濃さと凄さに気づけば踊っていたよ。ムダのない直球の人力によるダンスミュージック。カッコええと思う。

というわけでこれからじっくり聴いてみようと思う。

まあcro-magnonに余計な感想はいらない気がする。「聴いた!、凄かった!!、踊った!!!」としかいいようがないのではと。それくらい潔いダンスミュージックなのだと思う。

ってまだ聴いてないんだけどね。

2007年7月1日日曜日

SPECIAL OTHERS LIVE at LIQUIDROOM


待ちに待ったスペアザワンマン。
期待通りの素晴らしさであった。

会場は恵比寿にあるリキッドルーム。私が都内で一番好きなライブハウスだ。
横に長くて、高いステージはどこからでも非常に良く観えて音も良い。キャパも多すぎず少なすぎずでちょうど良い。

今日は後ろの方でゆったりと観たいと思い、後方の少し高くなっている所から観客がパンパンに入ったフロアを眺めながらライブを楽しんだ。チケットはソールドアウト。スペアザのワンマンの会場はやるたびに大きくなってきている。まさしく人気上昇中である事を実感した。

ライブは最新作収録の「surdo」でスタート。この曲がもうCDよりも遥かにやばくて鳥肌が立ち、涙がでそうになった。
セピア色みたいなオレンジ色の照明が実によくこの曲に合い、郷愁感を誘う。
繊細だがダイナミック(ドラムにパーカッションが加わってリズムが深みを増したのが原因だろう)、そして切ない。いままでになかった深みのあるこの曲で堂々と始まった今日のワンマン。スペアザの素晴らしい成長ぶりをいきなり見せつけられて私は「今日のライブは素晴らしいものになるな」と早くも確信した。

その後は大好きな「NGORO NGORO」。この曲のハッピーでポップなギターのメロディを生で聴くと「生きててよかった」と本気で思う。
その後も2セット構成で新作「STAR」の曲は全曲やりつつ「AIMS」、「IDOL」、「UNCLE JOHN」といった定番キラーチューンもしっかりやりライブは終了。

大きな変化といえばベースの又吉氏が従来のウッドベースだけでなくエレキベースを使用し始めたこと、ドラムにパーカッションが加わったことくらいで基本的にはいつもの「スペアザ」サウンドであったが、なんといってもバンドサウンド自体が「強さ」を増しているように感じた。
それもいままでの繊細さ、やさしさも一切失われていない上でパワーを増しているのだ。
特筆すべきはファーストアルバムのタイトル曲でもある「BEN」。終盤に披露されたこの曲が昨年のライブよりもすさまじくパワーを増しておりバンドの成長を感じさせた。

今日、歓喜するフロアを見下ろしながら思ったのは先程も書いたが、明らかに以前よりも人気が出てきているという事だ。
特に「AIMS」の盛り上がりは、いわば「ロック」的な盛り上がりであり、観客全員が手を上げてフロアがひとつになるような盛り上がり方であった。
個人的にはスペアザの音楽って「みんなでお祭り的に盛り上がる」というよりは、個人個人の心の内面にやさしく注ぎ込まれるような感じなので、あの盛り上がり方にはちょっと違和感を覚えてしまった。
手拍子をしようと試みた客もいたが、やはりスペアザに手拍子は合わないようで決して長く続く事はなかった。スペアザで手拍子、俺は絶対やらんぞ。。
まあこういったライブの楽しみ方は個人の自由なんでどうしようもないな。
こういう事を思うのも彼らが人気を増しているからこそなんだろう。

というわけで、バンドサウンドの強さと人気の両方を凄い勢いで増しているスペアザ。
今後も繊細さを失わずに上へ上へ突き進んでほしいものである。

「悪夢探偵」鑑賞。


塚本晋也監督
2006年 日本映画

つまらなかった。。

他人の夢の中に入る力を持ったある男。彼は次々と自殺願望者の夢に入り込んではその者を虐殺していく。その男を犯人として追う警察はやはり他人の夢に入り込む能力を持つ悪夢探偵に協力を依頼し、犯人に対決を挑む。

塚本晋也監督の作品はつねに激しい暴力と痛みに満ちており、それらは観る者の五感を強烈に刺激する。
その痛みゆえに「生」の実感を強く伴う。
すさまじい暴力、痛みゆえに逆に生きている事を強く感じ、そこに「生きたい」という動物的本能が生じる。塚本監督の作品は観る者に「どうだ、生きたいだろ」と強く問いかけているかのようだ。

がしかし、この「悪夢探偵」はそういった「生」への執着よりも「死」への願望のみが強く残ってしまう。
この作品はたとえ自殺願望がない人でも見終わったあとはなんとも精神的にまいってしまうのではないだろうか。
この原因は主人公である松田龍平とhitomi両者の役不足としか思えない。
自殺願望者の夢に入り込み、その者を虐殺していく犯人役は塚本監督自身が演じているが、この犯人に主人公2人がどうみても負けてしまっているのだ。これは言い換えれば主演2人が塚本ワールドの強烈な世界自体に飲まれてしまっているといって良い。
そうはいってもそこは映画なのでラストは主人公達が勝つのだが、見終わったあとには精神的疲労のみが残る・・。

この作品は来年に続編の公開が決定。キャストは松田龍平のみ残して設定を大幅に変えるらしい。
この事からもhitomiは塚本作品にはまだまだ早かったとしかいいようがない。。
そもそもなんでhitomiだったのか?そこだけが謎だ。
(生涯590本目の作品)